FC2ブログ
2015. 04. 17  
つづいて尾張三大弘法第一番、御花弘法(名古屋市守山区)。

結果的に第三番から逆に紹介する形になってしまったが、車で廻るなら一から順番がきっとよいのでしょう。せっかくだし。
小幡緑地と一言で言っても、結構広い。訪れる人の少ない緑地の最果てにいらっしゃるので注意が必要だ。車で行くときは、隣接したゴルフ場の入口を目印に行くとよいでしょう。

それは突然現れる。

IMG_1064_2.jpg
尾張三大弘法第一番御花弘法(作者不詳)。大弘法の名に恥じぬデカさ。

筆者の知る限り、現地には尾張三大弘法第一番を確定するものは特にない。
第三番、第二番は地元やお寺の管理も行き届いていて結構気軽に楽しめるのだけれど、ここはなんだか雰囲気がある。緑地の中に突然現れるアウターゾーンという趣きすらある。コンクリートの劣化も激しい。

IMG_1063.jpg
周りにはこのようなミニ弘法が至る所に存在し、ここだけでミニ八十八カ所巡りができるようになっていたようだ。ほんとにたくさんの弘法さま。そしてなぜかいくつかのクーラーボックスが点々としていて不気味な雰囲気も・・・。

昔は名刹・龍泉寺の管理下にあったようだが詳しいことは不明。2005年の写真と比較して右眉がセメントで申し訳程度に修復されていることから見ても、完全に放置プレイというわけではなさそう。
滞在中の10分ほどの間にも何人かの方がお参りをされていた。

IMG_1066.jpg
それでも右の邪鬼は崩壊の危機。

IMG_1068.jpg
左の邪鬼は行方不明。

IMG_1074_2.jpg
弘法内部は落書きだらけ。昭和の早い時期から若者の肝試しなんかに利用されてきたのだろうか、たくさんの名前が掘ってある。作者の名前じゃないかと目を凝らしてみたが、どれも違いそう。

IMG_1082.jpg



IMG_1084_2.jpg

邪鬼の台座などにあるこれら寄贈者の名をググってみると、どうやら当時の名古屋の名士の方々らしい。

しかし謎は多い。
なぜ「御花弘法」という名前なのか。
瀬戸電の観光が目的だとしたらなぜ駅からやたら遠い場所にあるのか。
なぜだれも管理していないのか、所有権はどうなっているのか。

いろいろ調べはじめてわかるのだが、この時代、戦前の昭和のことってほんとに答えにたどり着けないことが多い。少なくともネットには詳しい情報は載っていないし、おそらく作った当事者の世代も、おそらくその下の世代も当時のことを語れる人がいなくなっているのではないか。そして「歴史」というには時間が浅すぎる、エアポケットのような時期なのだ(そこがおもしろいところでもあるのだが)。
そしてこれらの大弘法、現在のまちおこしや観光の考え方からすると宗教色が強いため、タブー視されることもある。だからなんだかよくわからない不気味なものになってしまっているのだ。
戦争を挟んで昭和の時代を経て価値観が転換してしまい、集客力を失ったけれど、巨大なコンクリートだし、宗教的なものだからなんか残っちゃった見たいなノリが感じられる。

現在の大弘法たちの置かれた状況に関して言えることは、地元の人の中では「昭和になってからコンクリートでできたもの=由緒正しくないもの=ニセモノ」みたいな印象なのだ。

これは浅野祥雲の他のコンクリ像にも共通することなのだが、完成した当初って発案者もけっこうがんばって、それなりのお金も人材も投じられて作られたはずなのだ。そのエネルギーは実際に目にすると感じることができるし、今もその魅力を失ってはいないように私は思うのだが。

この大弘法ベルトシリーズはまだ続きます。
スポンサーサイト



2015. 04. 16  
にしても、そもそも尾張三大弘法って何なんだろう?
前回紹介した珍寺大道場の「珍寺大道場」愛知大弘法巡り(2005)の時点ではまだハッキリしていなかったが、瀬戸電気鐵道株式会社発行の「尾張三大弘法大師案内」なる文書があるらしく、第一は小幡緑地内にある「御花弘法」、第二は印旛の良福寺にある「開運大師」であることが明らかにされている。
ちなみにコンクリート魂にも紹介され、ともに作者不詳とされている。

というわけで、次にやってきたのは尾張三大弘法第弐番開運大師(尾張旭市)。印旛駅のすぐ隣、良福寺の中にある。
IMG_0295.jpg


IMG_0296.jpg
こちらは昭和6年12月建立。

IMG_0325.jpg
こちらが弘法さま。先の新居の大弘法と比較しても小ぶりで着色もなくお地蔵さまのような地味な印象。

IMG_0298.jpg
台座は石垣のようなしっかりしたもの。

さて、とりあえず尾張三大弘法を押さえておくとしよう。次は小幡緑地へ向かいます。
2015. 04. 13  
名古屋市近郊に「大弘法ベルト」と呼ばれるエリアが存在することをご存知だろうか。

小嶋独観「珍寺大道場」愛知大弘法巡り(2005) に詳しいこの大弘法たちの存在は、ワンダーJAPANなどにも取り上げられており、ネットでも探訪記が散見される。諸先輩サイトの後追いになるが、まずは本サイトでも取り上げてみたい。

① 尾張三大弘法厄除大師 第三番 退養寺(尾張旭市)

IMG_1893.jpg
まず訪れたのは尾張旭市の新居にある退養寺。
浅野祥雲ファンとしてはぜひとも訪れておきたいところ。

IMG_1895.jpg
ハッキリと尾張三大弘法 第三番とあります。つまりは三大の三番目ということ。

IMG_1898.jpg
昭和6年3月建設とある。

IMG_1899.jpg
坂道を看板にしたがってテクテク行くと、

IMG_1900.jpg
うっそうとした森の中へ

IMG_1903.jpg
見えてきた

IMG_1907.jpg
出ました。ザ・浅野祥雲作品とも言うべき大弘法。

IMG_1922.jpg
昭和六年未(ひつじ)歳春とある。

IMG_1921.jpg
ここに浅野祥雲の貴重な銘がある。

IMG_1911.jpg
周りを固める不動明王+二童子や、

IMG_1930.jpg
金の仏様も見事なコンクリ造形。

IMG_1932.jpg
弘法さまは山の上なので御嶽山が見えるよい景色。

コンクリ魂でも紹介されているように何度も塗り直し、修復が行われているので状態はとても良く、滞在中にも拝んでいかれる方が何人もいた。

実は祥雲の銘がある大弘法は多くなく、この厄除大師は「浅野祥雲」の銘のある貴重な存在である。
つまりは昭和6年における祥雲の作風を知るうえでベースとなる存在と言えるのだ。

IMG_1935.jpg
にしても高層ビルを見慣れたわれわれ現代人でもデカいと感じるこの大弘法、昭和6年当時に初めて見た人にとっては衝撃的だったんじゃないだろうか。
プロフィール

つるま

Author:つるま
コンクリ像、歴史、廃線、民間信仰、などなど

写真の撮影や記事の内容には極力留意しておりますが、ご都合悪い場合はお知らせください。

メール bluegrassnagoya@hotmail.co.jp

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR