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2018. 05. 19  
さて、3度目の恵那峡調査、今回も大きな進展があった。
特に、3つ前の記事で紹介したA氏との出会いは大きかった。
謎の大観音協奏曲、そして新たな挑戦(2)恵那峡再々訪問編

Aさんが「福崎氏の親類」を名乗る女性から手に入れたという、48種類の像などの名前と場所が記された「福崎日精作品と思われる像のメモ」(以後「福崎メモ」と呼ぶ)を手に入れた。

半分はこれまでにネット調査などで見たことがあった場所と作品、半分は全く見たことも聞いたこともない場所が記載されていた。でも、恵那峡周辺の像や青島の護国観音は掲載されていないし、建立年も書いていない。ただ像などの名前と場所が羅列されている。

恵那峡調査からの帰り道、私はこの48種類のうち、帰り道にありそうな場所を選んで、立ち寄ってみることにした。
それは、このメモの信ぴょう性を確認する意味もあった。

私が向かったのは全く聞いたことのない土岐市のお寺だった。場所を調べてみても、インターネットにも像がある情報はないように思えた。
不安と不安が入り混じる中、高速をおり、初めて走る土岐市街地を抜け、郊外へ向かう。

到着したのは、土岐市『常福寺』。臨済宗妙心寺派のお寺さんだ。

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このドキドキは本堂に通じる急な階段を登ったことによるものか、まだ見ぬ像に出会う緊張によるものか

広々とした本堂前に出た私は、周りを見回して、目を疑った。

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ん?なんかいる?

もう少し近づいてみよう

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うん、やっぱり何かいるよね。

もっと近づいてみよう。

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すげえ!!
すごい迫力だ。比喩でなく、鳥肌がたった。
隣に立つ樹木と同じくらいの高さ、10mはあるように思う。

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一般的な仏様のイメージとは全く違う、人間らしい姿と豪快な髭、彫りの深い顔立ち。
一体なんなんだ、これは。

手元のメモには『土岐市 常福寺 釈迦像』の文字が記載されていた。

後日判明したことだが、このモチーフ、「出山(しゅっせん)釈迦」とか「出山釈迦如来」とよばれる、6年間の苦行ののちに悟りを開いた瞬間の様子で、中国や日本の禅宗美術で取り上げられることがあるらしい(もし説明が間違っていたら教えてください)。

ネットで調べる限り、このモチーフでここまで巨大なものは見つけることができなかった。
何よりこの像が纏う迫力、凄まじい気迫を感じる。まるで釈迦の6年間の苦行が像に乗り移っているようだ。


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釈迦像の隣に立つ灯篭には、「昭和10年」の文字があった。
昭和10年?!

もし福崎作品だとすれば、長崎県松浦市青島の護国観音(昭和9年)、埼玉県秩父市大淵寺の護国観音(昭和10年)とほぼ同時期だ。
一体全体どんな動きをしたら10m級のコンクリート像をそんな広範囲に作り続けることができるのだ。


せっかくなのでお寺さんにヒアリング。
元住職にお話を聞くことができたが、「建立したのは自分の父親だが、自分が産まれる頃の話で、由来や建立した人物などは全くわからない。建立したのはおそらく灯篭に書いてあるとおりではないか」とのことであった。

ああ、まただ、と思った。
ここまで素晴らしい、特徴的な仏様を持っていても、由来もエピソードも何も残されていない。記憶すらも。
代が替わるとはそういうことなのだ。

でも、由来が残されないその理由の背景がなんとなくにせよ「文化財でないから」とか「コンクリートだから」とか後世の人間が判断したことによるものだとしたら、こんなに勿体ないことはないか、と私はこの強烈な作品を前に、部外者ながら勝手に思う。

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なんにせよ、どうやらこの福崎メモは「ホンモノ」である可能性が高い。そして、過去に同じチャレンジをしようとした人がいたこともわかった。

なぜ所有するお寺さんも知らない情報が記載されているのかは引っかかるが、いずれにせよ私は謎のコンクリート仏師・福崎日精の全貌を明らかにするための心強いアイテムを手に入れたのであった。

ひょっとしてこの不完全なメモとこれまでの調査を組み合わせれば、福崎氏の謎が解ける日が来るのかもしれない。
だが一方で、各地の像のエピソードを直接知る人物(第一世代)が既に少なくなっていることを考えると、調査に残された時間はかなり限られるようにも感じられたのだった。

(つづく)
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2018. 05. 12  
(前回よりつづき)

ずっと場所がわからなかった福崎日精が製作したと思われるコンクリート像の場所をついに見つけた今回の岐阜・恵那峡の調査。
そして、その像の裏を覗くと、コンクリートに彫られた文字を発見した。

『寄進者 北海道北見之國上湧別村 安藤林右ェ門 昭和七年八月建之』

調べてみると、「北海道北見之國上湧別村」はオホーツク海沿いのまち。
合併を繰り返し、現在の北海道紋別郡湧別町にあたるらしい。
しかし、それ以上のことはわからない。

そこで私はこの像に刻まれた銘について、ツイッターで情報提供を呼びかけることにした。

この呼びかけに応じたのはNora(@LEcume_des_jou)さん。
次のサイトの情報を頂いた。

「開基百年 上湧別町史」
http://www.phoenix-c.or.jp/~ryousi/271.html

このサイト、上湧別町の開拓からの歴史について網羅的に記されており、さながら町史のようなページだ。
こんなに詳細な郷土史がフリーで読めるなんてなんて恵まれているんだ、上湧別町。

そこには、昭和5年に中湧別商工会が結成され、「安藤林右衛門」なる人物が商工会の会長となったと記されていた。 
地域的にもほぼ一致、それほどある名前とも思えず、この人物が銘に彫られた人物と一致するのではないかと思われた。
しかし、確定的な証拠となるものはない。


そして、

後日、再びツイッターを通じて、ほりしたかける(@fly_holly)さんより、とある提案を受けた。
なんでもほりしたさんはこの地方に親戚のお宅があるとのこと。さらには、たまたま近々そこを訪問する予定があり、できる限り調査に協力いただけるとのことであった。
本州から遥か彼方の道東のまちに調査に行っていただける!私にとってはありがた過ぎるお申し出であった。


そして、詳細な調査報告は驚くべき早さで私の元に届いた。

ほりしたさんの報告は、町史や商工会史などの郷土史をあたっただけでなく、なんと安藤氏の子孫にあたり、直接のインタビュー調査まで行っていただいたのだ。

その詳細なレポートから一部を抜粋する。

安藤林右衛門(りえもん)
明治13年 愛知県西春日井郡楠村生まれ
明治26年 当麻に屯田兵家族として入植
大正8年 上湧別村に移住
大正12年 信用購買販売利用組合の初代組合長となる
大正15年 村会議員として当選、昭和17年までの間に延べ三期つとめる
昭和5年 中湧別商工会初代会長
昭和8年 地区初の澱粉工場の経営
昭和27年 内地旅行の際、秋葉権現にて倒れ、還らぬ人となる


すごい。
すごい内容だ。短時間でここまで詳細に調べていただいたことに感謝したい。


さて、この報告から見るに、安藤林右衛門はおそらく北海道移住者の中でも相当な成功者であると言えるのではないか。
厳しい北海道開拓の中で、地域のリーダーとして活躍していた様子がうかがえる。

そして、なんと安藤氏は愛知県西春日井郡楠村(現在の名古屋市北区)の出身であった!(補足:楠村は明治13年当時は味鋺村と如意村であった。楠村となっているのはおそらく没年である昭和27年時点の名称か)

ajima.png
旧楠村は大体この辺り。名古屋市北部に位置し、豊山町、春日井市と隣接する。

像が見つかった恵那峡との位置関係を見てみると、もちろん北海道よりはよほど近い距離ではあるが、それでもかなり離れている。
インタビューにご協力いただいたご家族は、林右衛門が神仏を寄進していたという今回の知らせを喜んでいたという。
しかしながら、この観音像の存在はもちろんご存知なく、なぜ林右衛門が恵那峡に像を寄進したのかという核心に迫ることはできなかった

謎はまだ残る。なぜ昭和7年に林右衛門が寄進した像は恵那峡にあるのか

ここからは推論。
恵那峡周辺にあるほかの福崎日精作のコンクリート像群が、ダム建設の慰霊の意味を持つとされていることを鑑みると、この像も同じ意味を持つ可能性がある。
とすれば、親戚などがダム建設で殉職するなどしたことに対する供養の意味もあるのかもしれない。

ほかにいただいた情報から、恵那市には今も安藤姓が多いらしい。ひょっとすると楠村に移住する前の先祖がこの辺りの出身であったのかもしれない。郷土史を紐解いてみると、名古屋近辺には美濃地方からの開墾者が多かったそうだ。安藤家がこの地方と縁があったとしても不思議ではない。
以上が推論。

いずれにせよ、北海道の安藤林右衛門とこの像を結びつける決定的な証拠は見つからなかった。
どのような経緯で北海道の人物の銘がこの像に刻まれることとなったかは明らかにならなかったが、これだけの名士が発注者となっている像である。やはり生半可な由来ではないのではないだろうか。

謎が増える結果となってしまったが、福崎日精の製作したコンクリート像のエピソードのひとつを垣間見ることができた。
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インターネットを発端として、細い細い糸から再び知られざる歴史を発掘することができた今回の調査報告について、ほりしたさんはじめみなさんの多大なるご協力にあらためて感謝したい。

(完)


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プロフィール

つるま

Author:つるま
コンクリ像、歴史、廃線、民間信仰、などなど

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