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2015. 01. 23  
5年ほど前に「昭和のコンクリ仏師・浅野祥雲」のことを知り、自分でもいくつかの作品を現地に見に行った。
そしてこのたび、「コンクリ魂」が発刊された。
この「コンクリ魂」を読んでからというもの、ずっとなんだか違和感が拭えなかった。その違和感の正体は自分でも分からなかったのだが。

大竹さんは著書「コンクリ魂」で祥雲の今のところの全貌を明らかにしようと試みた。
そこにはこれまで知られていなかった像も含めて、758体のコンクリ像が収められている。
本書を読んでみて、私が意外だと思ったことを、思いつくままにいくつか挙げてみる。

・よく知られた「関ヶ原ウォーランド」や「桃太郎神社」は比較的晩年の作品であること。
・その他にも膨大な数の像を残していること。
・当時の名古屋市長からも発注を受けていること。
・昭和3〜6年に活動した「雲岳」なる人物の存在。
・活動の初期段階で五色園を作っていたこと。
・同時期に貞奴というセレブからの発注があったこと。

なんだかコレってスゴくないか?
大竹氏も著書で書いているが、つまりは「祥雲は『B級スポット』と呼ばれるものではなく、かなり早い段階から社会的に(少なくとも当時は)認められる作品を生み出し続けていた」ということになる。
いや、しかしちょっと認められすぎているんじゃないだろうか。
それが私の違和感の正体かもしれない。祥雲は社会的に認められ過ぎている。

これまで何となく祥雲ファンが持ってたイメージって「物好きが高じてへんな像いっぱい作っちゃった人」的なものであったはずだ。特にウォーランドから祥雲に触れた人は特にそうかもしれない。
しかし全体を俯瞰してみると、これを180度覆すような発見、価値観の転換の連続である。

特に、川上貞奴が昭和8年時点で認知し、発注していた(あくまで可能性だが)事実があるということは、社会的に相当評価されていたと言ってもよいのではないだろうか。
IMG_1149_2.jpg

この辺りに未発見のコンクリ像へのカギがあるような気がしてならない。

②へつづく
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