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2015. 01. 23  
そこで、恵那市観光協会に電話で尋ねてみたところ、たいへん好意的にご回答いただき、建立の詳細はわからないが、建立のいきさつが載っているという資料をFAXいただいた。そして詳しく事情を知っているかも、という方もご紹介いただき、お話をうかがうことができた。本当にありがとうございます。

いただいた資料には確かに昭和6年、恵那峡周辺にコンクリート製仏像が建てられたことが書かれていた。
(実はそこには非常に衝撃的なことが書かれていたのだが、謎が深まるばかりなので、ぜひまた後日あらためて記事で紹介したいと思う。)

とりあえず、この資料と聞き取りから恵那峡弁財天についてわかったことをまとめてみたい。
・大井ダムの中心に昭和6年に観光目的で作られたものであること。
・色を塗り直したことがあること。
・昔(昭和30年代ごろ?)は島に渡る橋は架かっておらず、船で弁財天まで行っていたこと。
・持っている楽器か何かが折れて直したことがあること。

確かに琵琶は4絃が一般的で、祥雲作の弁天像の楽器についている糸巻が4本ずつなのに対して、恵那峡弁天像は2本しか付いていないし、楽器の先(ヘッド)の形も若干のっぺりしているように感じる。
IMG_1298.jpg

何はともあれ、祥雲の実家のあった場所ともほど近い場所であるこの大井ダムの、それもど真ん中の観光施設にある像が祥雲の作風と酷似している、このことが意味することは一体なんなのだろうか。
初期の祥雲を研究する上で一つの材料になるように私には思える。
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