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2015. 05. 13  
新たな大弘法へ向かう。大弘法界の勝ち組、勝川大弘法(春日井市)へ。

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勝川駅を下車し、商店街へ。商店街には大弘法(おおこうぼう)通りの名を冠する厚遇。

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商店街を北に進むとこのような案内が。

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見えてきた大弘法。

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勝満山 崇彦寺。
なんでもこのお寺、電器店を営んでいたおじさんが平成11年にはじめたお寺なのだそう。

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こちらの大弘法は他の弘法さまに比べても有名だし、当ブログで取り上げる必要もないほど知られた存在であり、ネット上に情報があるかのように見える。
しかし、昭和三年に山口悦太郎氏が私財を使って建てた、という情報はすぐにわかるのだが、作者は誰か、山口氏は何者か、なぜ建てたのかのその経緯など、深い情報になると意外と知られていない。

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背中をよく見るとカゴの下に謎の扉が。コックピットの入口か。

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杖の先まで18mあると言われる大弘法。下から見ると迫力がある。

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隣にはアレを思わせる不動明王+二童子。

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不動明王の裏には「御大典紀念」と「雲岳作」の文字がはっきりと。

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その隣には白衣観音さま。

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裏にはコンクリ製香炉。

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台座の中にはコンクリ製弘法坐像が。

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大弘法の横にあるコンクリプレート。
「御大典紀念 昭和三年 建立 山口悦太郎 雲岳作」の文字。

余談であるが、この「雲岳」については全くその存在が知られていない人物のようである。
この辺りはソフトリィXさんによるブログ軟体レポートに詳しい。
ソフトリィXさんも当初は雲岳と祥雲を全く別だと考えていたということだが、とある発見から、何かしら関係があるのではないかという考えに転換している。

実は私も以前からその関係を疑っており、『コンクリート魂』の作者、大竹さんにメールを送ったことがある。それが去年の1月のこと。細かいやり取りは省略するが、実際その後に実際に大竹さんに会う機会があり、そのメールが多少なりとも『コンクリート魂』の内容に影響を及ぼしたとお聞きした。

しかしながら、昭和3年に建設されたこの大弘法が祥雲作だとすれば、最も古い時期に現存するうちで最も大きいものを作ったことになる。これはいささか不自然な話であるとも思えるのだ。
これは一体どういうことだろうか。

つづく
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