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2015. 10. 10  
それはなんとなく訪れた寺での出来事だった。

瑞雲山地蔵寺は鎌倉時代に創建され、昭和3年に庄内川沿いから現在の場所(春日井市大和通)に移設された臨済宗のお寺。

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山門の前でふと見ると、右手に2体の像が見えた。
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銅製の観音様と・・・

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弘法様かな?
ああ、やっぱり昔の人は像を建てるのが好きだったんだな。祥雲以外にも着色した像を作る人がいたんだな、という印象。

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なんだか薄っぺらいし、祥雲作品とも人相が違うし、全然祥雲と関係ないかな。。

そう思いながらも一応裏側も見てみようと、隣接の公園から像の裏側へ。

そこで絶句した。
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・・・

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山口悦太郎!!!!
しかも昭和5年とある。

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作者の銘はどこにもないものの、この文字の毛筆体は観音寺小野道風像のそれである。

もう一度像を見てみよう。
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なんだか祥雲作品とは異なる印象を与えているのは目に入った玉眼のせいだと思われた。

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そして像の薄さ・・・薄い像?どこかで見たぞ?
そうだ。
浅野雲岳銘の岩崎御嶽山覚明霊神像薄い。こちらは昭和4年作。そしてどうだろう、年月の筆跡も同一にしか見えないほど似通っている。

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昔は杖を持っていたでああろう右手は崩壊しかけており、あまり状態は良くない。

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左手に載せているのは桃?そして額にはホクロのような白毫。
そうか、これは弘法ではなく地蔵だ。だってここは地蔵寺だから
しかしこれまでの祥雲作品で地蔵のモチーフは見つかってないのではないか?しかも昭和5年の作品も。

お寺の方にもお話を伺ったが、信者が寄進したということ以外はほとんどわからず。
ただ、葬儀関係の仕事をしていた山口家とは長い付き合いがあったそうである。

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たしかに勝川大弘法から距離的にかなり近いし、見つかっても全然不思議ではないのだが、何の因果かこんなタイミングで見つけてしまったことに驚きを隠せない。
この「浅野雲岳」銘の像に似た類例の発見は果たして祥雲のキャリアを埋める発見となるのであろうか。
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