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2018. 09. 25  
前回記事

というわけで、福崎日精の痕跡を追いかけて、私は福岡空港に降り立った。

この旅の目的は、主に二つ。

① 長崎県の青島にかつて存在した、大観音像建立の由来やエピソードを確認すること。バズった時には建立の年や、建立の背景がいまひとつハッキリしない部分があった。それをハッキリさせたかった。

② 九州に今も現存する福崎日精氏の製作したコンクリート像(リストによれば、少なくとも4体の像が確認できる)を確認し、その写真を撮影すること。また、建立の由来やエピソード、福崎氏との関係を調査すること。


また、青島には福崎日精氏と交流があった人物がいたらしいという情報をツイッター経由でいただいていた。
特に、事前にいただいていたこの写真。

羽島Db_jdmCV4AAWtzl
足元に龍が巻きつき、琵琶を持つ弁財天の像。撮影年不詳。

どうやら左側の人物が福崎日精氏らしい。この像は、青島の近くの無人島「羽島(ハジマ)」という島にある弁財天像だということだった。しかし、最近この像を確認した者はなく、すでに風化しているかもしれないということだった。

この像、福崎氏の由来を知るうえで重要な気がする。それが4年間コンクリート像を追いかけてきた私の直感だった。
できることならば、この像の現在の姿も確認したい。

限られた時間の中で、どこまで調査ができるのか。不安と期待を胸に、まずは長崎県の青島に向かった。

IMG_5281.jpg
長崎県松浦市御厨港〜青島行きフェリー

御厨(みくりや)港から青島までは20分ほどの船旅である。

IMG_5314.jpg
左手に青島の姿が見えてきた。

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そして、右手に見えるあのかわいい島が「羽島」らしい。


そんなこんなで、青島上陸。

さて今回、私の青島訪問を知り、事前に案内役を買って出てくれたのは、『社団法人青島○(あおしままる)』のハマガワくん。

DSC_0243.jpg
青島出身、今は島を離れてサラリーマン生活中のハマガワくん

そして、青島○代表のタニガワさん。
tani.jpg
本職は漁師、生粋の青島っ子、タニガワさん

このお二人には、青島での滞在中大変お世話になった。
実は、青島ではこの翌日、島民全員が参加する「島民運動会」が開催されるということで、大忙がしだった。
そんななか、突然の訪問をした私のために多くの時間を割いていただいて本当に感謝を申し上げたい。


さて、挨拶もそこそこに、早速観音様へ向かうことに。

DSC_0065.jpg

上の方にすでに観音様が見えている。

DSC_0054.jpg

このような坂を登り、高台へ。

そして、

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ばーん

これが、あのコンクリート製の観音様が倒れた後に、二代目として建てられた、石でできた観音様である。
この場所が、あのバズった謎の大観音像が建っていた場所なのであった。


傍に、建立の由来が刻まれた石碑があった。引用しよう。

DSC_0208.jpg

子安観音像建立由来
此の度子安観音像建立につき由来を記念として残すものなり。
昭和六年より約四ケ年の歳月をかけて青島に鉄筋コンクリートによる高さ約十六メートルの子安観音像が建立されました。此の方こそ志佐町里免寿昌寺の第二十五代住職志佐鳳洲先生であります。昭和九年に完成以来、約五十有余年にわたり此の高台より部落を見おろして子供の成長及び島民を始め附近を航行する人々の安全を見護って来られました。
其の間、島内の子供は一人だに水による事故がなく、島の護り本尊として信仰をしてまいった次第です。処が昭和六十年の台風により頭部破損し修復の可能性もなく解体のやむなきに至りました。島民の観音像に対する信仰心は熱く早速復元を、との声により島民の出資を基礎として一般の寄附者の御援助を頂き昭和六十二年三月石像による子安観音像の建立となったのです。
尚、建立に関しては鷹島石工業協同組合石工青年部諸氏の若い情熱と努力の結晶であります。

昭和六十二年三月吉日
青島子安観音像建立委員会


この石碑から初代観音についてわかることがいくつかある。
① 昭和6年から9年に渡り製作され、昭和9年に完成した。
② 鉄筋コンクリートによる高さ約十六メートルであった。
③ 寿昌寺の住職、志佐鳳洲が建立した。
④ 昭和60年の台風で破損し、解体した。

しかし、残念ながらここには、「福崎日精」の文字はなかった。



さて、観音像の周辺を散策していると、台座の側面に気になるものがあった。

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ん?

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こ、、これは・・・コンクリートの破片・・・!?
タニガワさんもハマガワくんも、このコンクリート片が何なのかは知らないという。

DSC_0217.jpg
よく目を凝らすと、周囲の草むらのなかにもコンクリートの破片が目に付いた。

IMG_5331.jpg
ここにも。

そのうちのひとつのコンクリート片を拾い上げてみた。

IMG_5328.jpg

これは、、、ひょっとすると、倒壊した初代観音像の破片ではないだろうか。
台座に埋め込まれているものが、初代観音像の主な破片で、そのほかに周辺にも細かな破片が今も残っているのではないか。

DSC_0219.jpg

破片をよく見てみると、コンクリートに金網が埋め込まれているように見える。初代の観音像には金網が使われていたのだろうか。


次に、観音様の横に建てられたお堂の中へ。

DSC_0204.jpg
お堂の中には仏様が並ぶ。

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壁に掛けられた額縁の色あせた紙。うっっすらと和尚さんのような姿が見えるような気がした。

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そして、立ち並ぶ仏様を眺めている時に、ふと奥の一点に目が止まった。

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こ、これは・・・!
コンクリートで出来たお釈迦様の頭だけがひとつ並べられていた。
これは、もともと胴体があったものが、何かの理由で破損してしまったのだろうか。
その顔の特徴は、これまでこのブログで追いかけ続けた福崎作品によく似ているように思えた。

IMG_5342.jpg
観音像からは青島が一望できる眺望

青島散策を開始した早々に、いくつも興味深い発見をし、私は一人興奮していた。
もちろん、案内のお二人は私のマニアックな興味に少々引き気味であることは言うまでもない。


観音像周辺の調査が終了した頃、私はハマガワくんに、ダメ元で「羽島にも行ってみたい」という話をしてみた。
もともとハマガワくんには事前に相談していたのだが、普段は青島にいないハマガワくんにはわからないということだった。
厚かましいお願いとはわかっていたが、船上タクシーや釣り船のチャーターなど、何かしら方法はあるはずだった。
何か弁財天像の手がかりだけでも掴みたかった。

ハマガワくんとのやりとりを横で聞いていたタニガワさんが口を挟んだ。

タニガワさん「なに、羽島行きたいんけ?じゃあ今から船出すけん羽島行くとね!

はあっ!!??

つづく




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