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2018. 11. 18  
《前回からの続き》

翌日、青島の中央に位置するハマガワくんのご実家に伺った。

あの観音像の騒動のとき、ツイッター経由で最初に「青島にかつて観音像があったらしい」という情報をくれたのは、ハマガワくんだった。
だが、その時情報をくれたハマガワくん自身も、実家の居間には長年観音像の写真が2枚も飾られていたという事実に、全く気がついていなかった。

これがハマガワくんの実家に飾られた写真。
IMG_5987.jpg
額に飾られた在りし日の観音像の写真

そしてもう一枚・・・

IMG_5986.jpg
あの滋賀で見つけた写真と全く同じ、島の皆さんの集合写真!!


実は、あの謎解きの発端となった写真と全く同じ構図の写真が、拡大されて額に飾られていたのだった。
お父さんの了承を得て、額から写真を出してみることにした。

IMG_5992.jpg

IMG_5993.jpg

ボロボロになってから額に飾られたらしく、写真はところどころちぎれており、落書きなどの汚れもあり、歴史を感じるものだった。
額に飾ったのは今は亡きハマガワくんの祖父であるということだ。
そして、この写真にはハマガワくんの曽祖父と祖父が写っているらしいということだった。
ハマガワくんは隣に飾られた曽祖父の遺影と写真を見比べてみたが、どれがその人なのかわからなかった。

********************************

滋賀のお寺に訪問して、写真を見つけたのが2016年の9月。
その後、ツイッターを通じて始まった、謎の大観音像捜索劇。
滋賀県琵琶湖のほとりのお寺で見つけた写真から、ついには長崎県の小さな島にたどり着いた。
ここまで来るのに、誰かに何かに導かれているようにしか思えない出会いの連続だった。

IMG_5995.jpg
写真の中にも福崎氏は顔を覗かせていた。

良畴寺の大仏も、青島の観音も、今はない。
今はなき二つのコンクルート製大仏が、時を超えて、2つの場所を結びつけた。

観音像の見護る小さな島の、不思議な物語、これにて完結。

DSC_0100.jpg
羽島上陸の翌日、青島小中学校のグラウンドで島民運動会が開催された。
グラウンドを囲み、たくさんの大漁旗がはためいていた。

IMG_5876.jpg
青空にはためく大漁旗

青島の子安観音が判明した時、実は私の妻は妊娠中だった。
その意味でも不思議な縁を強烈に感じたことを覚えている。
観音様に見護られたこの島を、息子と一緒にまたいつか訪れようと心に誓った。
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