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2019. 03. 30  
前回からのつづき

ここで、これまでの九州の調査旅行を振り返ってみたい。
私が巡ったコンクリート像を巡った順に書き出すと、次のとおり。

2018年9月15日 長崎県松浦市・青島 青島子安観音像(昭和9年)
         長崎県松浦市・羽島 弁財天(昭和?年)
2018年9月16日 佐賀県有田町・桂雲寺 仁王像(昭和11年)
2018年9月17日 佐賀県江北町・東照寺 身代わり観音像(昭和28年)
         福岡県柳川市・等応寺 涅槃像(昭和41年)
         長崎県島原市・江東寺 大涅槃像・地蔵菩薩像(昭和32年)

ここからわかるのは、福崎氏は少なくとも3回以上は九州を訪れて像を製作している。
それぞれの像には福崎氏の銘はなく、すでに代替わりしており、記録や記憶もかすかに残っているだけだった。
それでも、それぞれの点を線で結んだとき、確かに福崎氏はかつてここに居た、ということがわかるのである。

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さて、長崎県島原市・江東寺を訪問した前日に話は戻る。

事前の調査で私は、江東寺に大涅槃像と地蔵菩薩像が製作されたことについて、最も詳しい方が長崎県平戸市に住んでいるという情報を聞きつけていた。

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島原市江東寺大涅槃像(昭和32年)

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島原市江東寺地蔵菩薩像(昭和32年)

2018年9月16日、長崎県松浦市の青島を後にしたその足で、私は平戸に車を走らせたのだった。

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坂の多い街、平戸。右手に見えるのは平戸城。

ある寺院に暮らすその女性(仮にYさんとする)は、建立当時の住職の娘さんであった。
そして、江東寺に涅槃像と地蔵菩薩像を建立した人物は、住職その人であった。
つまり、Yさんは福崎氏に建立を依頼した人物の娘であり、当然、福崎氏が寺に滞在し、大涅槃像を作るそのときの様子を見ていたのだった。

「父も47年に亡くなっており、詳しいことはわからない。当時私は19歳で、若かったのでそういったことにあまり関心もありませんでした。」そう前置きをしながら、Yさんは当時のお写真を見せていただいた。

「こちらが建立当時の涅槃像のお写真、こちらが十徳延命地蔵尊のお写真です。」

そう言って見せていただいた写真には、銀色に輝く2体の像が写っていた。

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大涅槃像

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十徳延命地蔵尊

現在の写真と比べれば、その輝きは歴然である。
建立の経緯について、「どこだったかはっきりとはわからないが、父がほかの場所、どこかのお稲荷さんで福崎先生の作られた像を見て、父が建立を決めた」ということだった。涅槃像の製作には、委員会を作って資金を募ったそうだ。
そして、製作中の写真がこれだ。

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像の右側を通り抜けるこの人物こそ、在りし日の福崎日精氏だ。


「福崎先生は信貴山の方だと聞きました。涅槃像を作られる様子を見ておりましたが、針金を曲げるところもコンクリートも、先生は大きな涅槃像をほとんどお一人で作られました。こちらが作られている時の写真です。」

そう言って見せていただいた写真には、針金で骨組みを作っている一人の人物が写っていた。

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本邦初公開、製作中の大涅槃像!

この写真で骨組みを支える棒を組み立てているのがやはり福崎氏。像の中は空洞で、胎内巡りができるように作ってあったそうだ。

Yさんは製作中のエピソードも覚えていた。
「先生は朝4時に起きて製作されており、父も関心していたのを覚えています。先生は多くを語らない方でした。また、先生は晴れがましいことがお嫌いで、像の落成式のときにお姿を探したのですが、雲隠れしてしまった。前日に荷物をまとめて汽車に乗って出て行かれていたところだったのです。」
なんと、福崎氏は完成の式典には出席せず、ひっそりと帰ってしまったのだという。
そのような名声に興味がなかった、ということなのだろうか。私には、像に名前を残さない福崎氏の人となりが垣間見えるエピソードであるように感じた。

「ただ、落成式の前に撮影された写真が残されています。」
そう言って見せていただいた写真には、作られたばかりのピカピカの大涅槃像と、何人もの男性が写っていた。

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「こちらにお掛けになっているのが福崎日精先生です。」

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これが、昭和32年時点の福崎氏!!
これまでに発見したヒゲ、メガネの若き日の福崎氏とは全く異なる姿だった。

「寺には福崎先生の奥様が訪ねてこられたこともありました。私たち家族との写真が残っています」
見せていただいた写真は、また、初めて見る福崎氏の奥様が写っていた。

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左が福崎氏、右が福崎氏の奥様なのだという

製作は寺に滞在して行われたそうだ。福崎氏の食事について、Yさんは「麦ご飯と味噌汁、それも具を入れないでくれとお願いされたのを覚えています。」と語った。この話、これまでにも各地に残る氏のエピソードであった。

Yさんはさらに続けた。「ただそのせいか、先生は最後、脚気で亡くなったと先生の奥様から父にお便りがあったようです。」
なんと!福崎氏は栄養失調により亡くなったということだった。

「手紙も手元に残っていないので申し訳ないのですがそれ以上詳しくはわかりません。あとは、このような写真もあります。」

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これは・・・仁王像?とはいえ有田町桂雲寺にある仁王像とは作風が異なるように感じられた。
写真の裏側には、いささか見慣れたあの独特な自体で、このようにあった。

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『西村老大師  撮影 妙美君』

「西村というのは私の父の姓です。なので西村老大師。」
この筆跡、青島で何通も見せていただいた福崎氏の直筆にほぼ間違いなかった。
そして「妙美君」はおそらく・・・福崎氏の奥様の名前ではないだろうか。

それにしてもこの仁王像、どこかで見たような気がする・・・。
Yさんが最初に仰った「稲荷」の言葉・・・。
この仁王像は私がまだ見ぬどこかの福崎作品に思えてならなかった。

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Yさんの父であり、建立時の住職であった西村氏は、日本全国を回る説教師であったのだそうだ。
その縁で、福崎氏の作品に出会って建立を決めたそうだ。
大涅槃像の建立には、島原に観光資源をつくるという意味もあったようだ。

「父は派手なことが好きな方でした。このようなこともありました。」
そう言って取り出した写真は、また衝撃的なものだった。

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大涅槃像とゾウ

江東寺の大涅槃像の前をゾウが歩いている写真だった。
「いちど島原に来たサーカスをお寺にお呼びしたんですよ。ゾウは仏教では特別な生き物だというご縁で。」
なんとも、住職の豪放磊落な性格が窺えるエピソードだった。

「それから、十徳延命地蔵尊の台座の『和』の文字、あちらは実は三笠宮殿下さまにお書きいただいたものなんです。父が東京時代のツテで、無謀にもお願いしたのです」

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確かに、『崇仁』親王の名が書かれている!!

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前回の記事で気になった地蔵菩薩像の台座の文字は、なんと、三笠宮崇仁親王の書かれたものであった。

「私からお話しできることは以上です。福崎先生の記録を残す、尊い活動をしていらっしゃいますね。お力になれれば良いのですが。」
Yさんからのありがたい言葉をいただき、私はYさんに謝辞を告げ、平戸を後にしたのだった。


島原の名刹で、観光地とするためのコンテンツとして企画された大涅槃像。
そして三笠宮殿下に揮毫を依頼した十徳延命地蔵尊。
それらを製作するために奈良から招聘され、高名な仏師・福崎日精。
名刹の住職も感心するほどのストイックな製作スタイル。

いかがだろうか。昭和32年、島原を舞台にした、これまで知られていなかった福崎日精氏の活動の一端を垣間見ることができた。今回の調査で、福崎日精氏のひととなり、そして建立に関するエピソードがいくつも発掘された。

青島の子安観音に導かれた今回の旅。九州編はひとまずこれで終了となる。


福崎氏の、自分の名を残すことをよしとしないそのスタイルが、すなわち彼の名が現代に大きく残されなかった理由なのではないだろうか。そして、今となってはそのほとんどの場所で、氏の『偉業』は忘れ去られ、古びたコンクリート像だけが残さ、壊されようとしている。

繰り返しになるが、私は福崎氏の作品を保護したり、観光地として評価しようという訳ではない。維持には当然お金もかかる。
ただ、私は各地に点在する、福崎氏の人並み外れた情熱と桁外れの信仰心の塊であるコンクリート像とそのエピソードを蒐集し、ひとつの体系として紹介できればそれでいいのだ。コンクリートだからという理由、歴史が浅いからというだけで、その像に込められた希望や想いを忘れ去って良いのだろうか。

まだ謎は残っている。まだ見ぬ福崎氏の作品、エピソードを求め、私はまた旅に出ようと誓うのであった。


《福崎日精の謎を追う九州の旅 これにて完結》


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Author:つるま
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